2017 釜石、大槌の今

こんにちは。
プリザーブドフラワーの花工房Tiareです。

 

アーティフィシャルフラワーのお正月飾りレッスンを
やらせていただいた
岩手県の釜石市。

初めて訪問したがの2013年で、今回が4回目の訪問となりました。

震災の直後は、私は陸前高田や大船渡の方へ行っていたので
釜石の様子は直接は見ていないのですが、
写真集を使いながら、
United Greenのかなちゃんに現地で解説してもらったり、
そして2013年からは、毎回、だいたい同じところに連れて行ってもらっています。

 

去年、来た時も、すでに結構建築が進んでいた
鵜住居地区の復興住宅。
集合住宅や戸建ての家が建っています。

鵜住居地区は、震災の際、
釜石の中でもとても被害の大きかったところです。

震災前ほどは、人が戻ってこない地区が多いようです。

2019年の再開を目指して、
線路もだいぶできていて、
「この辺りに駅ができる予定」という場所も教えてもらいました。

 

鵜住居小学校も
去年、すでに建物は建っていましたが、
去年のレッスンに参加してくれた女の子も、
今は、こちらの学校に通っているそうです。

鵜住居小学校は、生徒たちが声を掛け合って
「津波てんでんこ」でいち早く高台へ避難して
被害者が出なかったという「奇跡」があった小学校です。

 

けれど、そのすぐ目と鼻の先の「防災センター」では
悲劇がおきました・・・。

(過去のブログをご覧ください。
ameblo.jp/flowerstudio-tiare/entry-11717942957.html

 

来年のラグビーW杯の会場となるスタジアム杯
この鵜住居小学校があった場所に建設されています。
チケット取れるかなぁ・・・

 

水門の建設もかなり進んでいました。
今のところは、まだ水鳥も来ているようだったけど・・・
この先、どうかなぁ。ちょっと心配です。

 

根浜の民宿前川さんに伺いました。

初めて釜石に伺った時は、
前川さんの民宿だけがポツンと建っていて
他の人たちも根浜の集落に戻って来れるようにという
前川さんの想いを、
United Greenのかなちゃんから聞きました。

一昨年も、ほぼ同じ状態。
去年は、根浜は防潮堤を低くして
居住地はかさ上げした土地に移転することを選択したと
聞いて、かさ上げ工事の真っ最中でした。

 

今年はすっかり集落ができていました!!
もう人の生活感がありました。

 

そして、いつもはタイミングが合わずで
外からしか拝見していなかった
前川さんにお邪魔することができました。

お母さんたちには去年は番屋の方でお会いできたのですが、
お父さんにはようやくお会いすることができました。

お二人とも明るくて、たくましくて・・・
震災で辛い思いをされているのですが
こちらの方が励まされます。

突然伺ったのに、
お餅やら、りんごやら、漬物やら
たくさんご馳走になっちゃいました。

明るいお母さん。
ありがとうございました!

根浜は、マリンスポーツなどの観光で成り立っていた地域なのだそうです。
今度は前川さんに泊まって海で遊びたいです。

 

前川さんから見た
リアス式海岸の美しい風景。
大槌湾です。

海がべた凪で穏やかでした。

 

大槌にも、毎回、連れて行ってもらっています。

 

職員の方々、そして町長さんも亡くなり、
大きな被害を受けた大槌の役場です。

今、この地域で震災の遺構が残っているのは
もう、ここしかありませんが、
遺族の方にとっては見ると辛い記憶を思い出してしまうので
残っていることが辛いのです。
けれども、語り継いでいくには残したいく方がいいのではという
意見もあったのですが、
どうやら、市長さんが変わり、
取り壊されることになるのでは。。。
とのことでした。

 

その役場の隣には、
木材をたくさん使った
とても素敵な新庁舎が建設中でした。

 

大槌も、復興住宅がだいぶ建っていました。
家がまだあまり建っていないと、電柱ってこんなに目立つんですね。。。

電気に頼りきっている私たちです。

 

大槌湾で、防潮堤を低くすることを決めたのは
根浜のみ。
他のお地域では15m前後の防潮堤が建設中です。

建設の仕方にもよるのですが、
大槌の防潮堤は、なだらかに高くなっていくタイプ。
高さもものすごいですが、
厚みもものすごく、本当に巨大なものです。

対岸に根浜が見えます。

この日も凪で
たくさんの漁船が出ていました。

 

 

ちょうど荒巻鮭の季節。
たくさんの鮭が天日干しにされていました。

 

こちらは、鮭とばとイカ。
海の幸は、本当〜においしかったなぁ。

 

昨日のブログにも掲載した
呑ん兵衛横丁の「とんぼ」さん。
以前は、牡蠣の向こう側にあったように
ガード下に並んでいた飲屋街の中にありました。

仮設の呑ん兵衛横丁の閉鎖が決まっていて、
今後はどうなるのか、心配です。。。。

 

同じ、仮設の呑ん兵衛横丁に入っていた
魚貞さんは、新しくできるホテルの1階に入ることになりました!
本当に良かったですね〜!

シャイなお父さんは、三代目。
二代目のお父さんのお父さんと割烹料理店だったお店は
流されてしまって、
今のお父さんが再起されたと伺っています。

 

今の私には年に一度程度しか
三陸に伺うことができないのですが・・・

少しでも皆さんに、
今の三陸地方の様子をお伝えできたらと思っています。

今回の出張では
励ますどころか、逆に集客などで本当にお世話になってしまって
むしろこちらの方がご負担をおかけしまっている状態でした(汗)

それでも、こんな風に、毎年お会いできること
ご縁をつないでいけること、
本当にありがたくて、うれしくて・・・
感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今もまだ、以前の生活とは程遠い状態かなとは思いますが、
皆さん、明るく元気に生きていらっしゃいます。
これからも、心を寄せていけたらな・・・と思っています。

お世話になった皆様、
本当にありがとうございました!!

2017年12月13日 | Posted in ブログ | | No Comments » 

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